2024年5月20日他者を正そうとする際、【まずは自分の『常識』を疑うべし】
今日は朝からかなりの筋肉痛と、
程よい体の重たさが残っていて、
むしろ気分爽快!
気持ちよく週明けに入れそうです。
体を動かすことはやはり良いものですね。
さて、そんなことから今日の本題です。
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■昨日のことですが、
【娘たちの通うスクールの環境美化】
に行ってまいりました。
環境美化とは、そのスクールが山の中にある
ことから、溝の掃除であったり、
竹を切って燃やしたりだとか、
【子どもたちが過ごしやすい環境にすること
を目的とした清掃活動】
になります。
そしてその後に保護者会のようなものが
あるのですが、そこについてのお話が
すごく学び多きものでしたので、
今日はそのことについて記事を書かせて
いただきたいと思います。
■当然スクールのことでありますので
教育に関するお話が中心ではあるのですが、
その中のテーマの一つとして、
【親として子どもたちに何かを指摘する際に、
どのような気持ちになっているか】
というようなことがありました。
親が子どもに対して何かを『正す』ということは
一般的なのかもしれませんが、
【その『正す』という行動は、本当に子どもに
とって必要なのかどうか】
ということを、まず考えなければなりません。
■どうしても人生の先輩としての
親の考えですので、
その先輩としての考え方を子どもに
押し付けそうになるものなのですが、
【そもそも本当にその考え方自体が
理にかなっているかどうか】
ということは、まず考えなければ
ならないでしょう。
もしかすると、それは
【ごく一般的な常識によりなんとなくの
解釈をしている自分の独りよがり】
かもしれませんし、そのようなことを
子どもに伝えることで、
【本当にその子どもが納得するかどうか】
ということも考えなければならないかも
しれません。
■大切なのは、正そうとすることを
子どもに伝える際、
【「なぜ正そうとしているのか」ということを
自分に対して問うこと】
なのではないかというところなんですね。
というのも、正そうとするということは、
とある事項に対して
【自分の感情が気持ちよくない方向に
動いているという証左】
であるような気がしており、
【その感情が動いた原因は何なのか】
ということを考えるべきではないか
と思う次第。
■そしてこれは、
ひとまず世間の常識などは一旦取り払い、
【正そうとすることに対しての
本質を見極める必要がある】
というところ。
結局のところ、『一般的な常識や良識』
というものは、文字通り一般的なものであり、
場合によってはなあなあとなってしまって
しまっているような
【時代錯誤のルール】
によるものかもしれません。
我々の学生時代には、折りたたみの白黒の
携帯電話が出だした頃だったわけですが、
現代においては、スマホは当然のツールとして
活用されており、
連絡の手段も従来の家の固定電話の連絡から
LINE等のチャットツールに変わっている
ということも、事実としてあります。
■そのような文明が変わっている状況において、
【教育や対話に関する常識も変わっている】
と考えるのが当然ではないでしょうか。
大切なのは上述したように、
自分の感情が動いたその事柄に関して、
【なぜそのような感情になっているのか】、
そして、
【なぜ自分はその感情を相手に『教えよう』
としているのか】
と、自らに問うことではないかと思う次第。
■これは教育のみならず、
【日常生活のありとあらゆる人との
関わりに関係してくるもの】
と考えており、こういった点は
【対話をする上で突き詰めていく必要がある】
ように私は思っています。
そのようなことを今回のスクールの
保護者会を通じて感じた次第。
■こういった文化は、
【我々事務所のスタッフのメンバー
それぞれに備わってきている】
気がしており、私自身もそのような
スタッフのその都度の言動に学ばされ、
日々磨かれていくような感覚があります。
■そういった
【他者の常識に歩み寄り、全員で前提を
揃えようとする動きがごく自然なこと】
となっているため、弊所においての対話が
スムーズに進んでいるんだろうな
と考える次第です。
今回のことは、対話をする上での前提のこと
としてすごく大切なことかと思いますので、
ぜひチームビルディングなどを考える際、
そのような対話の前の本質的な部分に着目して、
今一度対話の仕方を考えてみる
のも良いかもしれませんね。
そんなことをインスタでも書きましたので、
良かったらご覧ください。
https://www.instagram.com/p/C7Jvn61S7E0/
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《本日の微粒子企業の心構え》
・対話をする前提として、
【なぜ相手の言動に対して感情が動いたのか】
というその原因を突き詰めることが
重要であるように思う次第。
・その時代の常識や良識というものは当然、
その時代の進化により変わっていくべきもの
であるため、
【従来のルールが時代錯誤になっている】
ということも往々にして見受けられるもの。
・大切なのは、従来の常識や良識を取り払い、
【本来的に大切にすべきその事柄の
本質を突き詰める】
ことではないだろうか。
・そのような前提を突き詰めて
擦り合わせることにより
『真の対話』が実現するものであるため、
経営者として、また一人の人間として、
【他者を理解する前提】
として、上述してきたようなことを意識し、
真の対話を追求していきたいものである。
今日も最後までお読みいただきまして、
ありがとうございました。